【仏教の視野】「現代の日本の仏教」について

法話

コラム【仏教の視野】第3回にあたる記事です。

(始めにこちらの記事に目を通していただけると幸いです→目的・注意書き

はじめに

第2回の記事では「仏教の目的」について、仏教が始まったきっかけから考えていきました。

では、現在の日本では仏教はどのような様相をしているのでしょうか?

結論から述べますと、日本における仏教は、様々な文化と混じり合いながら多様な形で存在しています

いきなりフワッとした結論が出てきたので、戸惑われるかもしれません。

しかし、日本特有の仏教が出来上がった理由がありますので、私の知る限りで書かせて頂きます。

仏教の歴史

まず始めに、現在の日本の仏教を知るには歴史を知る必要があります。

仏教は2500年前にインドで発祥しましたが、日本に伝わるまでに中国と朝鮮半島を経由しています。

インドから日本へ伝わるまでに1000年の時を経ていました。

現在では、インドから日本へは飛行機で9時間程、インターネットを使えばコンマ数秒で情報を伝えることができます。

お釈迦様の時代にネットがあれば、全く違った仏教の様相が展開されていたでしょう。

しかし、事実としてお釈迦様の時代には紙に記録する文化もなく、全て口伝えによって仏教は広まりました。

そして、仏教の誕生から500年後にお釈迦様の教えが紙に記録されるようになったと言われています。

これがいわゆる「お経本」です。

現存する最古のお経本としては「スッタニパータ」が有名です。岩波文庫から「ブッタの言葉」(中山元著)として発売されています。

その後に様々なお経本が書かれるのですが、それらを他国にも広めた人たちがいます。

そのような人たちを三蔵法師と呼びます。

西遊記に登場するのは、玄奘(げんじょう)さんです。中国人であり、中国からインドへ行ってお経本を翻訳して中国へ持ち帰りました。

また、玄奘さん以前にもインドから中国へお経本を伝えた人がいます。名前は鳩摩羅什(くまらじゅう)といいます。

この2人によって、仏教はインドのお隣である中国へ広まっていきます。

仏教誕生からこの間、800年ほどが経過しています。

インドから遥々中国に伝えられた仏教ですが、お釈迦様教えがそのまま伝わった訳ではありません。

上記の2人の伝達者は、学才に溢れた非常に優秀な方達ですが、そもそも言語の違いもあり、またお釈迦様が亡くなられてから非常に長い年月を経てから現れた人達でした。

さらに、インドの中では、仏教の在り方や内容に対する意見が分かれ、様々な学派が乱立していました。その中の、「大乗」と呼ばれる考え方の仏教を主に持ち帰っています。

また、中国には中国の文化があり、当時は主に「儒教」や「道教」が盛んでした。

未知の外来文化を受け入れるときは、受け入れる側の既存の枠組みに従うことになります。

仏教は儒教や道教とも折り合いを付けながら混じり合っていきます。

そして、仏教は朝鮮半島にも伝わり、その一国であった百済から、外交政策の一環として日本に仏教が伝えられます。

仏教は始め、異なる国同士の文化を共有することを目的とし友好関係を深めるという、外交的な目的によって伝来しました。

日本も中国と同じように、外来の文化であった仏教を受け入れる際に、既存の「神道」という枠組みと混ざり合っていくことになります。

日本の仏教の姿

ここまで、仏教が日本に伝わるまでの大まかな歴史を解説してきました。

インドに始まり、中国にて「儒教」や「道教」、日本では「神道」と混ざり合いながら日本に根付いていきました。

ここまでの変遷を辿ってくると、「現在の日本の仏教は仏教なのか?」という疑問が湧くと思われます。

私自身も、仏教を調べていくうちにこの疑問に至りました。

ただ、まだ結論を急ぐべきではありません。

確かに現在の仏教は、お釈迦様の時代の仏教とは異なるところは多いと思われます。

現在の日本の仏教は、「大乗仏教」に、中国の「儒教」や「道教」、日本の「神道」が合わさったものだと考えられます。

これはあまりにも大雑把な分け方であり正確性を欠くと思われます。

しかし、日本の仏教を考えた際には、インド由来の仏教だけでは説明がつかない様態であり、そこに何か形体を見つけようとすると、このような枠組みが当てはまるのではないかと考えました。

日本固有の思想「武士道」

実のところ、上記の3つの異なる思想「仏教」「儒教」「神道」を併せ持った言葉があります。

それが、「武士道」です。

突然何事かと思われたかもしれませんが、私が現在の日本の仏教について、まとめて説明がつくような近い言葉はないかと考えていた時に見つけた言葉がこの「武士道」でした。

武士道といえば、旧5千円札の顔でもあった新渡戸稲造による著書『武士道』があります。

この本の中から抜粋で紹介します。

『武士道』

仏教は武士道に運命を穏やかに受け入れ、運命に静かに従う心を与えた。具体的にいうならそれは危難や惨禍に際して、常に心を平常に保つことであり、生に執着せず、死と親しむことであった。

(略)

仏教が武士道にあたえられなかったものは、日本古来の神道がそれを十分に補った。他のいかなる宗教からも教わらないような、君主に対する忠誠、祖先に対する尊敬、親に対する孝心などの考え方は、神道の教義によって武士道へ伝えられた。

(略)

武士道は、道徳的な教義に関しては、孔子の教えがもっとも豊かな源泉となった。(中略)冷静で穏和な、しかも世故に長けた孔子の政治道徳の教えは、支配階級のサムライにとってはとりわけふさわしいものであった。

『武士道』(2021)新渡戸稲造、PHP文庫、p26-30

「武士道」には、他にも独特な考えが含まれていますが、上記のように現在の日本の仏教の形体を多分に含んだものであり、非常に参考になります。

武士道の思想自体は、聖典となるような書物もなく、武士階級に血肉として伝えられ続けた行動規範と言えるものです。

ただし、現代の私達にも明らかに影響を受けています。

日本人の多くは、自分が何かの思想を持っているとは感じていません。

私は無宗教ですと答える人はとても多いと思います。

新渡戸稲造自身がこの疑問から出発し、『武士道』を記しています。

外国の法学者から「日本では宗教教育がなされていないのならば、どのようにして道徳教育を授けているのか?!」と質問され、自分自身の道徳観がどこから来ているのかが不明であることに気づきました。

この経験から、自らの善悪や正義の観念などの要素を分析した結果、そのような観念を吹き込んだものは「武士道」であると発見したのでした。

私が考えるに、多くの日本人がこの無色透明となった武士道の残滓を受けているのではないかと考えます。

これでは、現代の仏教の話というより武士道の話であるように感じるかもしれません。

ただ、私自身が僧侶として仏教の活動をする中で、お釈迦様の仏教というよりは、武士道の考え方に沿っているなと思うことは多いです。

特に、先祖崇拝的な祭事や、お葬式、祈願、道徳的な法話の内容、八百万の神といった世界観は、インド由来の仏教というよりは武士道に当てはまるものだと感じます。

現在の日本の仏教

もちろん、現在の日本人が完全に武士道的であるということは間違いです。

明らかに、西洋的な合理性を求める思考や、科学的世界観、資本主義的思考などに強く影響を受けています。

今の日本人を「〜的である」と定義することはできないように感じます。

これまでに経験をしたことがないスピードで、世界中のものが入り混じり続けている状況では何かを定義することさえ困難です。

そして、現在の日本の仏教も同じ状況に置かれつつあります。

もちろん、仏教の本質的なところが変化していくわけではありません。

しかし、これまで説明してきた仏教に融合している沢山の要素が、変化していく、または組み替えられていくようになると考えます。

この変化は、これまで仏教が巡り合ってきた歴史的な変化の中でも最大のスピードで訪れるように思います。

この状況への対応は、これまでの仏教の流れに沿って、これからも融合的な変化をしていくということが考えられます。

佐々木静氏の『犀の角たち』に代表されるような仏教と科学の世界観の共有可能性の発見や、禅宗やシューマッハの仏教経済学に見られる資本主義的生活に対するシンプルライフの提案、お釈迦様の教えに現れる仏教的な合理性など、現代的な思想の流れに対して主張できることは沢山あります。

ただ、私たちが忘れてはならないことは、仏教の最初の目的が何であったかというところです。

これは第2回「仏教の目的について」で書かせていただきました。

仏教の目的とは心の安寧を得ることだと書きましたが、この目的を忘れ現代社会に対して迎合的なだけになるということは意識して避けなければなりません。

環境の変化が激しいと、気付いた時には押し流されているだけということもあり得ます。

具体的には、お釈迦様が悟りを志された物語を知ることや、お釈迦様の言葉に最も近いと言われている原子仏典などの経典を知ることも大切かと思われます。

私は、仏教の基本を踏まえた上で、日本的な仏教が展開されていくことは大いに賛成の立場です。

それが武士道的な内容であろうと、現代的な思想に対するリアクションであろうとも、多くの人にとって心の安穏が芽生える機会になるならば、様々な展開が期待できる仏教であることは素晴らしいことだと考えます。

※日本の仏教の強い特徴である各宗派つて、今回は触れませんでした。省くことのできない内容であることは承知の上ですが、内容が細かくなりすぎることと、現代の仏教の大局を大まかに書きたいという思いで触れていません。

各宗派について歴史的変遷を分かりやすく紹介している、末木文美士氏『日本仏教史』があります。興味がある方は手にとってみてはいかがでしょうか。

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