こんにちは🙏お照(Oshyo)です。
かれこれ12年、お寺で僧侶をしている者です。
今回は、「成功を求めない選択」について解説します。
ブッダの言葉と私の視点から、簡単に分かりやすく説明します。
[結論▶解説▶まとめ]の順番です。
結論:成功を求めない心の安定がある

はじめに質問です。
あなたは、成功を求めて常に行動するタイプでしょうか?
現代社会では、常に成果を出し利益を生み出すことが求められます。
生産性を求める資本主義社会ですから、当たり前の感覚だと思います。
しかし、この成果のみを求め続ける社会に対して、疑問を持つ人もいます。
・成果を求め行動し、富を得たとしても満たされる感覚がない。
・努力し頑張ってきたが、あまり意味を感じなくなってしまった。
このような感覚に囚われると、この社会に対する疑問が絶え間なく湧き上がります。
今回は、そんな成果を求める価値観とは一つ違った、仏教の視点を提供しようと思います。
2500年前にお釈迦様が、インドで仏教を始められました。
その時代にも私達と同じように、富を求め続ける社会に疑問を持つ人々がいました。
お釈迦様は、このような疑問に対してこのように答えられています。

私は成功や生産性を求めることをやめました。
そして、最低限の生活で、心の安定を会得しました。
この言葉の意味を解説していきます↓
解説:求めることと苦しみは一緒にやってくる

「成功を求め続ける社会と、どのように付き合えばいいのか?」という疑問に対して、
お釈迦様は次のように詳しく答えられました。
成果に執着しない
君よ、私は成果に執着しない。
ゆえに、「田に種をまいたのに今年は不作で、ほんのちょっぴりしか収穫できない、あーあ」というストレスは生じない。
あるいは、がんばった仕事を評価されなくても、「あーあ、世の中の人たちは、見る目がないな」なんてひがむ苦しみは決して生じてこない。
ゆえに、私はしあわせ。
小池龍之介『超訳 ブッダの言葉』(2011)105項
まとめると、
・私は成果にこだわることはない
・だから、頑張ったり努力して期待を裏切られる結果になっても不幸だとは感じない
・ゆえに、幸せである
という内容です。
求めることは苦しみにも近づく

お釈迦様の言葉は、一見すると「頑張りや努力」を否定しているように見えます。
しかし、今回は「成果を求めすぎない」というところに視点を置きます。
現代の社会では、目標を定め、そのために努力し、成果を得るという考えが当たり前となっています。
結果を出さなければならない競争社会で生活していますから。
このことは、特段否定されなければならないことでは無いと思います。
しかし、成果のみを目標とすると、結果が出せなかった時に不幸な感覚に囚われます。
求めていたものが、手に入らないのですから辛くなるのは当然です。
仏教では、このような成果を求めることに伴う苦しみを回避することを目指します。
ですから、「成果に執着しない」と考えます。
最低限で心の安定を目指す

しかし、「成果を求めずに、成功はありえないのでは?」と思われるかもしれません。
その通りだと思います。
仏教では、社会的成功を目指すことを目的としていません。
苦しみから離れて、心が安楽であることを目的としています。
そのため、成果を出して富を得ようとは考えません。
もちろん、贅沢な暮らしはできません。
必要最低限のもので生活し、心の安定を求めることを第一としています。
これは、社会的な生産活動を否定したものではありません。
成果や富を求めて生産活動するという価値観で生きていけない人に向けた教えであります。
それでも成功が欲しいときは?

もしあなたが、成功を求めて行動したいのであれば。
これは私の考えですが、
求めることに伴う苦しみを引き受ける覚悟を持つべきだと思います。
何かを成し遂げようとすると、必ず困難なことに出会います。
この困難が引き起こす苦しみに、立ち向かう覚悟があるのならば。
それは個人の意思であり、もちろん否定されるものではありません。
まとめ

成功・成果・結果を求め続ける現代の社会に、疑問を感じる人は多いと思います。
全く疑問を感じないという人は、もちろん否定されるようなことはありません。
しかし、一度「何かおかしい」と感じてしまうと、その感覚はなかなか消えるものではありません。
お釈迦様も、そのような疑問を感じた人の1人でした。
王族の王子として生まれ、何一つ不自由ない生活をおくっていました。
しかし、生きる中で必ず出会う、「老い・病・死」そして生きることの苦しみを知しり、修行の道に入られました。
その修行生活の中で得られた答えの一つに、
成功や成果を求めず、必要最低限の生活で、心の安定を会得する
という解答を導かれています。
何かを強く求めることは、同時に必要以上の苦しみを抱えることにもなります。
この苦しみから離れているようにと述べられています。
もちろん、全ての人がこのような生活をおくる必要はありません。
この社会のあり方に疑問を持った人。
お釈迦様は、そのような人が、別の生き方にシフトする選択肢を示してくださった方であると考えます。



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