こんにちは🙏お照(Oshyo)です。
かれこれ12年、お寺で僧侶をしている者です。
今回は、「輪廻転生と苦しみ」について解説します。
ブッダの言葉と私の視点から、簡単に分かりやすく説明します。
[結論▶解説▶まとめ]の順番です。
結論:生存本能が苦しみの根源であると気付く

あなたは、自分が生まれ変わる存在だと思いますか?
生まれ変わりはあると言う人もいますし、無いという人もいます。
仏教では、人は死ぬとまた別の生を与えられる「輪廻転生」という考えがあります。
ただし仏教においては、生まれ変わりは好ましいものでありません。
生きることの根底には、常に苦しみがあると考えるからです。
この苦しい生まれ変わりの連続を止めようとすることが、仏教の目的でもあります。
あなたにも、この苦しみの連続から抜け出すという仏教の目的と、通ずる思いがあるかもしれません。
ではこの苦しみの連続から、どのようにすれば抜け出せるのか?
約2500年前のインドでお釈迦様(ブッダ)は仏教を開かれました。
当時の人々の中にも私達と同じように、生きることの苦しさから抜け出したいと考える人々がいました。
このような人々に対して、お釈迦様は次のように述べられました。

生きる苦しみの繰り返しから抜け出すには、
「欲しい、足りない」という生存本能を手放すことが必要です。
このお釈迦様の言葉は、生まれ変わりは無いと考える人にも、有意義なものであると考えます。
生きることの根底には苦しみがあると感じている人は多くいます。
それから抜け出したいと考える全ての人に、当てはまる内容と言えると思います。
以下、お釈迦様の言葉を詳しく見ていきます↓
解説:生まれ変わりと苦しみ

生きることの苦しさから抜け出したいと考える人々に対して、お釈迦様は次のように詳しく述べられました。
もう、生まれ変わらない
あの一生がやっと終わったかと思いきや、
またクルンと生まれ変わって、
今度はこの一生が始まる・・・
と繰り返すのはたいへんすぎる。
死んだら、身体と神経と記憶と衝動と意識という
五つのパーツがバラバラになる。
バラバラの部品をもう一度組み立てて、
この人生という家をつくり直す黒幕はいったい何者だろう?
私はその正体を見破れないままに、
何度も何度も生まれ変わってきた。
人生の黒幕よ、
おまえの正体は「欲しい欲しい、足りない足りない」と騒ぐ
生存本能なのだと私はもはや見破った。
おまえが生まれ変わりの建築材料に使う煩悩も無知も、
すべて破壊し尽くした。
私は次に死んだら二度と生まれ変わらないだろう。
私の心は、生まれ変わりを続けさせる衝動を離れて
静まりかえり、
生存本能を滅してブッダとなったのだから。
小池龍之介『超訳 ブッダの言葉』(2011)166項
まとめると、
・苦しいのに何度も生まれ変わってしまう
・なぜなら、煩悩と無知によって生存本能に囚われているから
・これらを滅することで、生まれ変わることは無くなった
という内容です。
苦しみは生存本能から

正直なところ、生まれ変わりがあるかどうかは私には分かりません。
実際に死んだこともありませんし、経験も無いからです。
しかし、私達の根底には苦しみが存在するという考えを持っている人には、このお釈迦様の言葉は有意義なものとなります。
煩悩と無知から「欲しい、足りない」とう感情が生まれます。
私達はその生存本能といえる感覚に、囚われ続けていることに気がつかなければなりません。
ただこの気付きを得れば悟れる、とは言い切れません。
しかし、日々の生活の中で私達が苦しいと感じる瞬間があるのなら。
私達の生存本能が、その苦しみの根源であるということに気付くことが大切なことです。
まとめ

私達は生まれ変わる存在なのか、そうでないのか…。
仏教では、私達は生まれ変わりながら苦しみ続けていると考えます。
では、どうして生まれ変わるのか?
それは、私達の「欲しい、足りない」という生存本能が原因となっています。
この生存本能が、苦しみの根源であるということに気付く。
この気付きが私達の生活に、徐々に静まりをもたらしていきます。



コメント