こんにちは!お照(Oshyo)です🙏
かれこれ12年、お寺で僧侶をしている者です。
今回は「あなたにとっての良い友達」について、仏教とお照の視点から[結論▶解説▶まとめ]の順で説明します。
結論:お互いに心の改善ができる友達

あなたにとって「良い友達」とは、どのような人物でしょうか?
自分の友人について、他人からとやかく言われる必要はないと思われるかもしれません。私自身もそう思います。
しかし、今の友人関係に不満や不安を感じている人は多いのではないでしょうか?
その内容というのも、「めんどくさい」や「一人のほうが気楽」など、不要な友人関係を求めないという傾向にあります。
「ボッチになってしまう」人もいますが、「ボッチでいる」人も増えています。
その一方で、「面倒臭さは感じるけど、ずっと1人でいるのは嫌だ」という感情もあります。
この、矛盾するような友人関係への感情を、どのように受け止めればよいのでしょうか?
お釈迦様が仏教を始められた時代にも、このような友人関係に対する悩みが存在しました。
そのような悩みにお釈迦様は次のように答えられました。

良い友達とは、お互いに心の改善ができる友達です。
では、「お互いに心の改善ができる友達」とはどのような友達なのでしょうか?
以下に解説します↓
解説:「良い友だち」とお釈迦様

「良い友達とはどのような人か?」という疑問に対して、お釈迦様は次のように詳しく答えられています。
心の改善を目指す友と出会ったなら
もし君が、人生の道のりを歩むにあたって、
心の改善を目指す友に出会うなら。
互いに性格の欠点を改善してゆける、そんな貴重な友に出会うなら。
あらゆるハードルを乗り越えて、
たとえその人の顔が好みでなくとも、
たとえその人にいわゆる才能がなくとも、
その人とともに歩むのがいい。
いっしょにいてもなお、
あくまでもじっと自らの内面を見つめることを
忘れないでいられるように。
小池龍之介『超訳 ブッダの言葉』(2011)086項
まとめると、
・互いに性格の欠点を改善してゆける友達が「良い友達」
・そのような友達なら、別けへだてなく一緒に生活しよう
・その友達は、あなたの心安らいだ気持ちを妨げることはない
という内容です。
「良い友達」は具体的にどんな人?

「良い友達は、〇〇な人です!」と、私が言い切ることはできません。
しかし、お釈迦様の言葉にある通り「互いに性格の欠点を改善してゆける」ということが、ポイントとなります。
例えばです。
もしあなたが、人の秘密ををすぐに他人に話してしまう性格だったとします。
人の秘密をすぐに話してしまうことはトラブルに繋がるので、これは性格の欠点であると言えると思います。
この欠点と言える性格に気づいたあなたの多くの友達は、このことを見て見ぬ振りするかもしれません。注意したことでケンカになると面倒ですし、あなたを不快にさせることを嫌うかもしれないからです。
それでも、あなたの性格の欠点を改善しようとしてくれるような人と、あなたは一緒にいるべきであるということです。
そして、お話の中にもあるように「いっしょにいてもなお、あくまでもじっと自らの内面を見つめることを忘れないでいられるように」と、あなた自身が自らを見つめ直す姿勢を妨げないように配慮してくれるような友達は、あなたにとって本当に良い友達となりえます。
まとめ

これまでに述べてきた仏教視点での「良い友達」は、あなたに精神的な成長と、心軽く穏やかな生活をもたらす友達になるといえるでしょう。
現代になり、人付き合いの難しさが私達の大きなストレスになっていることは否めません。
友達といること自体が面倒で、一人のほうが気楽であるという考えが広まっています。この考え方も1つの生き方と言えるのでしょう。
しかし、「良い友達」を得た際に、あなたに与えられる影響は、あなた自身を大きく成長させるような結果となる可能性も秘めています。
このような「良い友達」と巡り会えることは、人生の中においてなかなか無いことであり、恵まれて言えるともいえます。
このよう巡り会いが難しいからこそ、あなた自身があなたの友達にとって「良い友達」となってみるようにしてみましょう。



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